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2008年10月 7日 (火)

人の箍(たが)が外れる時

個室ビデオ店放火のニュースの詳報を見て思った。

容疑者の転落人生の悲哀

元は大手電機メーカー勤務で妻子もマイホームもあったとか...
順風満帆な人生の何処に落とし穴があったのだろうか?
ギャンブル好き位何処にでもいるだろうに。

アキバ事件の容疑者と根本的に異なるのは、彼に殺意が全く無かったであろうこと。
人に対する怒りではなく、人生に悲観し、生きる気力を喪った様が想像に難くない。

勿論、15人の命を奪った過失は残念ながら酌量の余地はない。

でも、彼を未然に救うことは出来なかったのか?
マンションを上半身裸の下着姿でうろついている時点で、十分常軌を逸している。
現代は隣同士ですら親交の無い世間である。
忌み嫌われただけで救いの手が期待出来ないのは致し方ないと思う。
増してや転々と転居していては、彼の素生を知る由もない。

それでも尚、彼を救えなかったという事が残念でならない。

人は皆それぞれの人生を背負っている。
己の不幸を願っている者などいない筈だ。

彼が不遇の中でもがいている時、掴まる「藁」は無かったのか?
そしてそれは誰が用意するべきなのか...

同世代のオヤジとしては他人事ではないのだ。

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